田﨑 園子 講師 インタビュー
reasonable accommodation
~精神的バリアのない姿勢を目指して~」

――先生のご出身と、歯科医師を目指された経緯をお聞かせください。
田﨑:出身は山口県下関市で、福岡に来たのは大学からです。家族に歯科医師がいたので歯学部を志望しました。
――学生時代の部活動などで楽しい思い出はありますか?
田﨑:高校時代に多少の経験があったため、大学時代は柔道部に入りました。歯学部ですから学業優先かつ、上下の繋がりの深い部活で、よく先輩に勉強を教えてもらいましたし、自分も後輩に教えることで勉強になっていました。先輩とCBT(※1)の順位で競っていたことをよく覚えています。オールデンタル(※2)の遠征では、試合後に現地を観光したことが楽しい思い出です。
柔道部以外に、DTP部(※3)にも所属しており、パソコンの組み立て方を習ったり、歯科医師会のポスターデザインで賞をいただいたりしました。
柔道部とDTP部のOBに障害者歯科の先生がいて、臨床のことを教えてもらったり、講義を聞いたり、障害者歯科学会の学生ボランティアや障害者施設無料歯科相談のボランティアに参加したことで、障害者歯科という分野に興味を持つようになりました。
(※1)CBT……歯学部生が大学病院での臨床実習の前に受ける試験で、臨床実習に臨む学生の能力・適正について、全国的に一定の水準を確保するとともに、学生の学習意欲を喚起する観点から、共通の評価システムを作ることを目的に平成17年から正式に実施された試験。
(※2)オールデンタル……全日本歯科学生総合体育大会。日本の全ての歯学部が参加する歯学生のスポーツの祭典。
(※3)DTP部……パソコンを使って写真や文章のレイアウトを考え、誌面のデザインを作成する部活動。
――大学院進学のきっかけは何でしょうか?
田﨑:将来は大学病院や口腔保健センターのような一般歯科診療所とは異なる場所で診療したいという考えがあったため、研究的視野と学位は必要と考えました。基礎の研究力、リサーチマインドを醸成するために基礎研究をやっておくべきと思い、感染生物学分野の田中教授の研究室に進みました。論文を孫引くという、ものを調べるときの基本的な習慣、記述を残すことの大切さ、データの取扱い、データの読み方などについては普通の人よりも力がついたと思います。
――気分転換や趣味で何かされていますか?
田﨑:仕事終わりや休日に車で買い物やドライブに行くことや、風景写真を撮影することが趣味です。
――先生の研究や専門分野について、高校生の皆さんにも分かりやすく教えてもらえますか?
田﨑:障害者歯科とは、文字通り障害者の方を対象として歯科治療を実施する科であり学問です。歯科治療という点に関しては他の歯科と一緒で内容に大きな違いはありません。対象となる患者さんが、重い病気を抱えていたり、歯科治療に対して理解や協力を得られなかったり、五感が過敏であったりなどそれぞれの特性や障害を理由に通常の歯科治療が困難だというだけで、そういった方々にどうやって歯科治療を提供しようかと考え、工夫するのが特徴です。
――診療や研究を行う中で面白さなどありますか?
田﨑:「行動変容法」といって、患者さんをよく観察して行動を分析し、様々な対応を行い歯科治療に慣れていけるように患者さんの行動を変えていくという手法があります。例えば、自閉スペクトラム症のような患者さんでは、声掛けや文字からの情報は理解しにくいが、視覚情報のほうが頭に入ってくるといった特性を活用して、実際に器具を見せて、イラストや写真などを用いながら説明しています。特性に合った歯科治療方法を模索している時に、面白さを感じます。他にも、歯科治療が苦手で全身麻酔を行って処置を受けていた患者さんが、トレーニングを繰り返すことにより麻酔なしで定期検診や歯科治療を受けられるようになり、患者さんやそのお母さんが喜んでくれた時の嬉しさは格別です。
現在の歯科では「障害がある」という理由だけで誤った知識や精神的なバリア(偏見や差別など)があるのか、口の中を全く見ないで診療を断られる、全身麻酔が必要だから大学病院に行ってくれと言われる患者さんも少なくありません。このような患者さんの障害や特性が理由で歯科診療時に起きる事故などの危険性に関するインシデント報告書(事故そのものや事故が起こりそうになった状況に関して医療従事者間で情報共有するための報告書のこと)で調査して、関連性を研究しました。このような障害や特性に関する研究や報告が世の中に認知され、障害や特性が正しく理解されて、障害者歯科に限らずどこの歯科医院でも障害を持つ患者さんが普通に定期検診程度でも出来るように配慮されたらいいなと思っています。
――先生は、災害時医療支援でJDAT(※4)の一員として令和6年能登半島地震の支援に行かれたと伺いました。現地での様子はいかがでしたか?
田﨑:被災地として大変な状況であったことは当時報道された写真や映像からも分かるかと思います。能登半島は地理的にも大きな道がひとつですから、情報や物資を運ぶことの大変さは平成28年4月に発生した熊本地震の比ではなかった印象があります。能登はあちこちの道が崩落や建物の倒壊でふさがれており、この道は使える、ここはダメといった情報を現地の歯科医師会や全国各地から集まった様々な職種の人達と共有しながら支援を行ったので、普段の歯科診療以上に多職種連携の大切さを実感しました。また、災害時に避難や生活で支援を必要とする高齢者や障害者など医療弱者に関する問題も改めて実感しました。
(※4)JDAT……歯科医師・歯科衛生士・ 歯科技工士などから編成される災害歯科支援チーム。
――学生にも災害支援についてお話しされますか?
田﨑:災害歯科の授業はしていませんが、災害歯科の実習補助などは行っています。また、障害者歯科の授業の最初の自己紹介の時に、災害時歯科支援の話しをしています。時々学生から災害歯科に関する質問をもらいます。興味を持つ学生がいると嬉しく感じます。
――福岡歯科大学で勉学に励んだOBとして、また現在、教員として多くの学生と接する中で心掛けていることや伝えたいことはありますか?
田﨑:私が学生の頃の先生は自分の研究の話をしてプリントも板書もよくわからない、ということもあり自分で教科書を読み込んで勉強しなければならない時間が多かったのですが、最近はどの科目もかなり手厚く指導しているように感じます。教科書から、国家試験に関連する特に重要な部分を要約した資料を作成してくれますし、講義でもしっかり解説してくれているので予習復習が苦手な人でも授業を聞いていれば試験前の勉強であまり苦労はしないと思います。私も出来るだけ国家試験に紐づけた講義と気軽に質問しやすい雰囲気づくりを心がけつつ、障害者歯科に興味を持つ学生が出てくれるような講義にしようとしています。
――先生の今後の展望について聞かせて下さい!
田﨑:障害者歯科は歯科の中でも人数の多い分野ではないので、大学でないとなかなかみられない科だと思います。特に学生のうちから障害者歯科での実習があり、実際に患者さんと接する機会のある大学は、多くは無いので貴重な経験になると思います。患者さんもそのご家族も、勉強で学生が診療に参加してもいいですかとたずねると、「ぜひ学生のうちから勉強してほしい」と非常に協力的な方が多いです。専門家として障害者歯科を修めなくても、障害者歯科の講義を受けた人や当科で臨床経験を積んだ人が、障害を持つ人を偏見などの精神的バリアのない姿勢、つまり合理的配慮(reasonable accommodation)(※5)を持ち診療に携わってくれたらいいなと思っています。
(※5)reasonable accommodation(合理的配慮)……障害を持つ人と持たない人が、同じく平等な社会生活を送れるよう、障害者の特性や困りごとに合わせた配慮を行うことで社会的障壁の排除をすること。バリアフリー。
――今日は貴重なお話をお聞かせくださりありがとうございました。
田﨑 先生からのビデオメッセージ