稲井 哲一朗 教授 インタビュー
――歯学部に進学されたきっかけ、それと大学院へ進学されたきっかけは?
稲井:僕の姉が薬学部に進学したので、それに刺激されて歯学部を選びました。卒業後は開業しようと思っていたので、6年生の時に医療法人への就職が決まりかけていたんですが、卒業間際の頃、保存科の永澤教授が大学院にこないかと誘ってくれたんです。いろいろ悩んだんですが、大学院に進むことにしました。
――基礎系の分野をずっと研究してこられたのですか?
稲井:大学院(九州大学歯学部第2解剖、栗栖教授の指導)を4年で修了した後は、しばらく臨床に携わっていました。でも、自分は基礎系の研究のほうが合うなぁ、と思って解剖の研究を始めました。解剖の研究では、細胞組織の<形>を顕微鏡で観る仕事をしていたんですけど、だんだんと形の美しさに魅了されて、色々な形を観ていきたいと思うようになりました。解剖学関係の諸先生のお世話で、九州大学医学部の第2解剖学講座(柴田教授)に就職することができました。
――医学部の助手、講師を経て、アメリカへ留学されたのですか?
稲井:はい、がんの研究で有名なカリフォルニア大学サンフランシスコ校の医学部に留学し、腫瘍血管の研究をやりました。血管新生阻害剤を使って、がんの栄養血管をつぶすことによってがんが増殖しないようにするという研究でした。ベーシックなところで腫瘍血管がどんなふうに壊れていくのかを研究していました。当初2年の予定でしたが、1年2か月で帰ってきました。9.11テロの翌月に行ったので、ビザがなかなか下りずに結構苦労しました。本当は9月20日頃に行くはずでしたが、日本での仕事が終わらなくてひと月遅れになってしまって、そしてテロが起きましたから、忘れられない留学です。
――先生のご研究は細胞と細胞を結んでいるタイト結合ですが、アメリカ留学の時もやっていらっしゃったのですか?
稲井:アメリカ留学でやった研究がタイト結合の研究と直結しているわけではありません。わたしは色んな研究テーマを渡り歩いてきました。初めは歯の発生をテーマに、モノクローナル抗体という技術を使って、歯の発生を免疫組織科学発生的に研究していたんですね。そして、医学部に移った後で細胞の接着装置の研究を勧められて、そこからタイト結合の研究をやり始めました。研究が軌道に乗るまでに5年ほどかかりました。
――タイト結合についてわかりやすく教えて下さい。
稲井:タイト結合とは、簡単に言うと、細胞膜と細胞膜がしっかりと結合していることです(タイトとは英語 の "tight" のことで「しっかりと結ばれた」の意)。例えば、お風呂場のタイルとタイルの「つなぎ目」みたいな接着装置がタイト結合です。このような接着装置は、タイト結合の他に、アドヘレンス結合とかデスモソームとかあるんですけれども、全体をシールしている構造がタイト結合なんです。人間の細胞は60兆くらいあると言われていますが、例えば、腸の面積は大体400平方メートルという膨大な面積がありますので、そこが破たんすると、身体から下痢みたいに水分が抜けて、人間はあっという間に死んでしまいます。一方で、小腸ではモノを吸収しないといけないわけです。タイト結合は、「細胞と細胞の間のモノを通す経路の透過性」を制御しています。タイト結合にはさまざまな形があって、その形の研究が僕の研究テーマのひとつです。タイト結合の形と機能はクローディン(claudin)という膜タンパク質が関係しているのですが、このクローディンを中心に研究しています。
タイト結合の電子顕微鏡像
(倍率は約28,000倍、横一辺は約2.4 µm(マイクロメートル)*)
*1マイクロメートル
= 0.001ミリメートル
――クローディン・・・って?
稲井:クローディンというのは、細胞膜に局在(=限られた場所に存在すること)しているタンパク質です。タイト結合というのは今30種類くらいあるんですが、このクローディンが、場所によって色んな組み合わせで発現します。基本的には2種類のクローディンが組み合うのですが、場所によってはこの組み合わせしかないっていうものもあります。組み合わせは膨大にあるわけで、それがどう制御されているのか解析しようとしているところです。
――先生のご研究で国際的に注目されたことがあれば教えて下さい。
稲井:以前、タイト結合の側粘膜について論文を発表したところ、海外の研究者から「あなたの論文を読んで、初めて自分たちの実験系でなぜそうなるのかわかった」というメールをもらったことがあります。本当に嬉しかったですね。その他に、僕の論文に載っている写真を学会で使いたいという依頼を外国から受けこともあります。もちろんOKしました。そのようなつながりができて、『クローディン』という本(写真参照)のエディターであるTurksen(タークセン)氏が、「今度こんな本だすから、あなたも何か書いて下さい!」と誘ってくれました。この本は出来上がったばかりです。
――研究の今後の展望を教えて下さい。
稲井:やはり、タイト結合に焦点をあてて、なぜこのような形ができるのか、そして、その形と機能がどう関係しているのかをみていきたいですね。僕は、形と機能というのは必ずリンクしていると考えています。クローディンは28種類ほどあるのですが、2種類以上のクローディンを組み合わせると、形がいろいろと変わってくるんです。面白いですよ。ただ、複雑なのが、クローディン1と2は結合できないけれども、クローディン1と3は結合できたり、というパターンがあるんです。要は、こういった「組み合わせの妙」を知りたいんです。
――先生が授業で心がけていらっしゃることは何ですか?
稲井:僕は組織学の関係を教えているので、言葉だけでなくてイメージで頭に残るように黒板に図を描いて、形と名称が一致できるように心がけています。解剖・組織学の名称(専門語)は、形、位置、機能などと関連した言葉がついています。逆に言えば、名前を見れば「それが何であるか」ある程度の推測ができるのです。学生には、「どうしてこういう名前がついたのか」を常に考えてほしいと思います。それには、きっと意味があるはずです。この点に気付けば、解剖・組織学名はどんどん頭に入ってくるようになるはずです。
――では、本学の学生さんたちに一言お願いします。
稲井:本気になってほしいですね。大学生活はいろいろな人に出会って人生勉強することも大いに必要ですので、遊ぶことも大事だと思うけど、やっぱりどこかで本気にならないとね。甘えを捨てる、ということでしょうか。「覚悟して勉強する」ことができる人が「勉強ができる人」だと僕は思うんですよね。本学に入学したときにすでに「国家試験に合格する」というしっかりとした具体的目標があるんですから、覚悟をもって勉強してほしいです。それと、今勉強させてもらえる環境を周囲の人(特に両親)が作ってくれていることに対する感謝の気持ちを忘れてはいけないと思うんです。感謝の気持ちがあれば、勉強できるはずです。
――ところで、先生の研究室に外国のお人形が飾ってありますが・・・
稲井:ああ、あれは「シンプソンズ」といアニメーションのキャラクター人形です。僕はこのアニメをみて英語の勉強したんですよ。サンフランシスコのとある店先にこの人形が飾ってあって、「いいなぁ」とつねづね研究室の人たちに言っていたんですね。そしたら、帰国前のさよならパーティーでスタッフがプレゼントしてくれたんです。とっても楽しい研究室でしたね。ミーティングでも自由にディスカッションできました。上司も僕たちの意見をよく聞いてくれましたし、上司からもサンフランシスコの写真集をいただきました。
――アイスホッケーのスティックのようなものもありますが・・・何ですか?
稲井:これは僕が大学4年間一生懸命やったアイスホッケーの最後の大会のもので、同期生のサインが入ったスティックです。家で捨てられそうになったので、大学に避難させました。大学に入った時に初めはサッカー部に入ろうかと思ったんですが、経験者が多かったのでレギュラーになれないと考えて、せっかくやるんだったらレギュラーになれるものを・・・と思ってアイスホッケー部に入りました。でも、初めの2年間はつらかったですね。自分が入ったときは、2年生以上が11人で、6年生が4人やめたので、僕らは2年生でレギュラーになりました。アイスホッケーでは、プレーヤーが6人で、交代用のメンバーも必要でしたからぎりぎりの人数だったんです。アイスホッケー部の練習は想像以上にきつく(合宿では逃亡する者も出ました)、入部当時は辞めることだけを考えていました。しかし、先輩、同輩、後輩とのつながりを含め多くのことを学び、4年の時にはインカレにも出場でき、今では入部してよかったなと思っています。
――最後に、マイブームはありますか?
稲井:今、子供に自転車を教えていて、子供と一緒に自転車に乗ってますよ。それが、マイブームですかね。今の自転車は荷台がないから、教えているときに後ろをつかむところがなくて、とても大変でした。
――本日はお忙しいところご協力下さり有り難うございました。今後も1+2+3= ∞ の「組み合わせの妙」を極めて世界に発信して下さい。
稲井教授からのビデオメッセージ